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デンタルクリニックは、院長の個人経営に依存しているケースが多く、労務管理も院長の方針に大きく左右されます。特に、院長が高齢となり、子息や別の後継者に代替わりする「世代交代」の局面では、医療技術や経営理念の継承だけでなく、労務管理の面でも大きな混乱が生じることがあります。私は社会保険労務士として、これまで数多くの歯科クリニックの世代交代を目にしてきました。その現場では、想像以上に人間関係や職場環境の乱れが発生し、スタッフの離職や診療体制の不安定化につながるケースが少なくありません。
あるクリニックでは、長年地域密着型で診療を続けてきた院長が高齢のため、息子に経営を引き継ぎました。父親院長は「スタッフは家族同然」という考えで、勤務時間や残業についても多少ルーズに対応していました。例えば、30分程度の残業はサービス残業、有給休暇の取得など無いなど、やや慣習的な運用が続いていました。
ところが、新院長は経営効率を重視し「労務管理をきちんとしたい」との意向を強く示しました。出退勤管理を勤怠システムで厳格化し、遅刻や残業は打刻通り、有給休暇も自由に取得できるようになるなどに変更。給与体系も見直され、賞与の算定方法も「実績評価型」に大きく変わりました。結果として、スタッフからは「急に監視されているようで不信感を持った」「以前は自由に働けていたのに窮屈」といった不満が噴出。数名のベテランスタッフが退職を申し出てしまい、診療体制に支障が生じました。
このケースでは、新院長の改革自体は法令遵守の観点から正しいものでしたが、移行の過程でスタッフとの対話不足が原因となり、混乱が拡大してしまいました。
別のクリニックでは、承継の際に新しい院長が就業規則を整備しようとしたところ、旧院長時代にきちんとした規則が存在していなかったことが発覚しました。これまで「暗黙のルール」で回っていたため、スタッフも何を基準に勤務しているのか曖昧な状態だったのです。
新院長が就業規則を導入しようとすると、「残業はこれまで手当が出ていなかったのに、なぜ今さら請求されるのか」「産休・育休の取り扱いが急に変わるのは困る」といった声が上がり、労使間で摩擦が起きました。就業規則を導入すること自体は法的に不可欠ですが、既存スタッフの理解を得る手順を踏まなかったことで不信感を招いた典型例です。
院長交代に伴い、後継者が医療技術には優れているものの、マネジメント経験が不足しているケースも多く見られます。例えば、若い二代目院長が「スタッフはもっと頑張るべき」と強く要求しすぎ、指導と叱責の区別がつかなくなり、パワハラと受け取られるような発言を繰り返してしまったケースがありました。
ベテランスタッフからは「新院長は我々の努力を理解していない」「父親院長のときのような温かみがない」と不満が積み重なり、結果として離職者が相次ぎました。後継者自身も「人事労務はどうすればよいのか」と悩み、私に相談を持ちかけてきました。
上記の事例を通じて、院長交代時に特に問題となりやすい点を整理すると以下の通りです。
労務管理の方針転換による摩擦
緩やかな慣習から厳格管理へ移行する際の抵抗
評価基準や給与体系の突然の変更
就業規則・労務ルールの整備不足
旧体制で未整備だったルールを導入すると混乱
法令遵守とスタッフ慣行の間で生じるギャップ
後継者のマネジメントスキル不足
医療技術と経営管理能力は別物
スタッフとの信頼関係構築に時間がかかる
スタッフの心理的不安
「働き方が変わってしまうのでは」という不安
長年の人間関係が崩れることへの抵抗
では、こうした混乱を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。
段階的な労務管理の移行
旧院長時代のルールをすぐ否定せず、移行期間を設けて徐々に整備する
「なぜこの変更が必要か」を説明する場を設ける
スタッフとの丁寧な対話
ミーティングや個別面談を通じて、新院長の考えを伝える
反対意見を頭ごなしに否定せず、傾聴する姿勢を示す
就業規則の整備と説明会の実施
法令に準拠した就業規則を策定し、スタッフに説明会を実施
「スタッフを守るルール」であることを丁寧に伝える
専門家の活用
社会保険労務士など第三者を交えて労務管理を設計する
中立的な立場から説明することでスタッフの理解を得やすい
デンタルクリニックにおける世代交代は、単なる経営者交代ではなく、労務管理の在り方そのものを見直す大きな転換点です。法令遵守を重視することは当然必要ですが、それを現場に浸透させるには「スタッフとの対話」「段階的移行」「専門家の支援」が欠かせません。
世代交代は必ず訪れる課題です。日頃から労務管理を整備し、スタッフとの信頼関係を築いておくことが、スムーズな承継につながるといえるでしょう。
医療(医科歯科)クリニック専門
特定社会保険労務士 鈴木教大
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