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医療機関では、業務の専門性や責任の重さから、従業員が多少の体調不良を抱えながらも「迷惑をかけたくない」「人手不足だから休めない」と考え、心身の不調を申し出ずに勤務を続けてしまうケースが珍しくありません。しかし、この状況は患者安全の観点でも、従業員自身の健康保持の観点でも大きなリスクを伴います。
労働契約法第五条は、使用者に対し「労働者の生命・身体等の安全を確保するよう配慮する義務」を課しています。いわゆる安全配慮義務です。この義務は、労働者自身が不調を申し出ていない場合であっても、一定の範囲で使用者が適切に気付き、対応する努力を求めるものです。特に医科領域(内科・外科・小児科・整形外科・美容医療)では、医療行為の正確性と集中力が不可欠であり、不調による判断ミスやヒヤリハットは重大インシデントにつながる可能性があります。
一方で、従業員が意図的に状態を隠して勤務し続けた場合、使用者の安全配慮義務が無制限に拡大するわけではありません。裁判例でも、隠匿の度合い、企業側が把握できた可能性、異常の兆候に気づくべき状況があったかなど、複合的に判断されています。
私が医療法人の労務サポートを行う中でも、復職直後のスタッフが不安定な状態を抱え、周囲が気づかぬまま外来対応をしていた事例や、小児科クリニックで新人スタッフが強い不安障害を隠して勤務を続け、ミスが重なった相談などを受けてきました。どのケースでも共通して重要なのは、使用者側が「兆候を放置しない仕組み」を日頃から構築しておくことです。
まず、医療機関で最も重要なのは、管理者や院長が従業員の変化を察知できる体制です。具体的には、朝礼や申し送りの場で短時間でもスタッフの表情や声色を確認するルーティンを設けること、勤務中の様子に違和感があればリーダーが声を掛けること、心理的安全性を確保し相談しやすい環境を整備することなどが挙げられます。
さらに、就業規則上の就労制限や休職に関する規定を明確化しておくことが不可欠です。特に整形外科や外科など、身体的負荷がかかる診療科では、心身の不調が業務遂行に直結するため、医師の意見書提出、短時間勤務や業務軽減措置へのスムーズな移行など、制度面での準備がリスク回避につながります。
美容クリニックでも、接遇力やメンタル安定度が求められるため、不調を抱えながらの施術補助やカウンセリングはトラブルの原因となり得ます。私が支援したケースでは、接客時の小さなミスが続いたことを院長が見逃さず、面談を実施した結果、本人の深刻な不安状態が判明し、早期に休養へつなげられた事例もあります。まさに「兆候に気づく仕組み」が安全配慮義務を適切に果たす土台となります。
また、従業員が不調を隠す背景として、人員不足や環境ストレスがある場合、組織側もその要因を改善する責任が生じます。業務の属人化を解消し、休みやすい体制をつくることは、医療機関全体のリスク管理の一環です。
とはいえ、従業員がまったく情報を出さず完全に隠していた場合には、企業が予見できなかったとして安全配慮義務違反は否定されることもあります。したがって、使用者としては以下の三点を明確にしておくことが重要です。
一つ目は、「申告義務」を就業規則に明記し、健康状態に重大な変化があった場合は速やかに申し出るようルール化しておくこと。二つ目は、医師の意見書や産業医面談を用いた客観的評価を行い、業務適性を適切に判断できる仕組みを整備すること。三つ目は、日常的な気づきとフォローの運用体制を構築することです。
特に、外来医療の現場では、患者対応のスピードや手技の正確性が求められるため、心身の不調が勤務に影響を及ぼしやすく、早期発見の重要性がさらに高まります。
私の経験からも、医療機関における安全配慮義務は「制度×日常運用」の両輪で成り立っています。制度だけ整えても、声がけや面談の文化がなければ機能しませんし、逆に運用が良くても規定が不備であれば法的リスクは残ります。人員が限られるクリニックこそ、こうした体制整備が患者安全と従業員の健康保持の両面で効果を発揮します。
医療機関は、心身の不調を申告しやすい風土をつくること、客観的に評価できる体制を整えること、そして兆候を見逃さない運用を徹底することで、安全配慮義務を適切に果たすことができます。従業員が不調を隠していたとしても、使用者が合理的に取り得る対策を行っていたかどうかが、後の紛争リスクを左右します。クリニック運営においては、この視点を常に意識しておくことが重要です。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)
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