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医療機関では、院長夫人が人事管理を担うことは決して珍しくありません。特に小規模の内科・外科・小児科・整形外科、美容クリニックでは、経営と現場運営を家族で支える体制が自然に形成される傾向があります。しかし、人事権が家族に集中することで、私情が介入したと受け止められやすく、労務リスクを高める要因にもなります。
私自身、社労士として複数の医療法人・個人クリニックを支援するなかで、院長夫人がスタッフから「距離の近さゆえに評価が偏るのでは」と疑念を持たれてしまうケースや、気づかないうちに関係性が人事判断に影響していた事例に何度も向き合ってきました。本稿では、こうした問題の原因と、実務として取り入れやすい予防策を解説していきます。
【1 院長夫人が人事を担うことの強みと同時に生まれる脆弱性】
院長夫人が人事を担当する最大の利点は、経営者と同じ視点で現場の状況を把握でき、迅速な判断ができる点です。勤務実態もよく理解しており、スタッフの長所・改善点、日常の風景にも目が届くため、裏表のない情報が集まりやすい環境とも言えます。
しかしその一方で、次のような脆弱性が生じます。
・個人的な感情と業務評価が混同されやすい
・スタッフ側に「ものが言いにくい」雰囲気が生まれる
・評価・指導の根拠が不透明になりやすい
・夫婦の立場が影響し、現場との力関係に差が生じる
私情が介入するつもりはなくても、距離の近さが誤解を招くことは多く、実際に労務トラブルへつながりやすいポイントです。
【2 もっとも多いトラブル例】
社労士として支援している医科クリニックでよくみられる典型例を挙げます。
(1)注意指導が「個人攻撃」と受け止められる
院長夫人からの叱責は、スタッフにとって心理的負担が大きく、パワーバランスの差が目立つため、同じ内容でも他の管理者より強く受け止められます。
(2)評価や昇給の基準が曖昧
「好き嫌いで決められているのでは」と思われると、職場の信頼が大きく揺らぎます。
(3)特定スタッフへの偏った対応
子育て中の職員、古株スタッフ、院長との関係が深いスタッフなどへの「えこひいき」を疑われるケースが多く、生産性低下や離職に直結します。
(4)スタッフからの苦情訴え先が院長しかない
組織としてのチェック機能が働かず、院長にも情報が正しく上がらないまま不満が蓄積することがあります。
【3 私情を排除するための制度化ポイント】
私情を排した運用を実現するためには、「仕組みで制御する」ことが必須です。現場を見ていると、制度が整備されるだけで雰囲気が大幅に良くなるケースが非常に多いのが実感です。
(1)評価基準を数値化・文章化する
・評価シートの運用
・役割と期待成果を明確化
・医科特有の業務(予診・レセプト・美容カウンセリング等)も反映
スタッフが「自分のどこが評価され、何が課題か」を理解できることが重要です。
(2)処遇判断は複数名による合議制にする
院長夫人単独ではなく、院長・事務長・看護師リーダーなど複数名で決定することで、公平性を担保できます。
(3)面談記録を残す
コミュニケーションの内容を文書化し、後から確認可能にすることで、主観的判断の余地を狭められます。
(4)クレームや相談窓口を院長以外にも設置
例えば「外部相談窓口」として社労士を置くと、スタッフが安心して声を上げられるようになります。
(5)院長夫人自身の役割を明確化
・評価の最終決定は院長
・面談は夫人と事務長で実施
・美容領域のオペレーションのみ担当
など、領域と権限を明確に切り分けることで、誤解を生みにくくなります。
【4 コミュニケーション設計が職場の空気を変える】
医療機関の労務相談を受けていると、「制度を作ってもうまく浸透しない」と言う院長夫人も多く見受けられます。制度運用と同じくらい重要なのがコミュニケーション設計です。
(1)面談は感情ではなく事実に基づく
・遅刻回数
・患者からのフィードバック
・医療安全に関わる行動履歴
感情表現を排し、事実のみで会話するだけで受け止め方が大きく変わります。
(2)承認と指導のバランス
注意ばかりの面談では信頼関係が築けず、「個人への否定」と感じやすくなります。
(3)院長夫人自身の学びの姿勢を見せる
社労士として同行面談を行う際、夫人が「私も改善点を学びながら運用しています」と伝えると、スタッフの緊張が明らかに和らぐことが多いのが特徴です。
【5 労務リスクを下げる具体的実務例】
医科クリニックで実際に効果があった取り組みを挙げます。
・注意指導は必ず「三点セット」(事実確認・根拠提示・改善要求)で行う
・就業規則に「院長家族の権限と役割」を明文化
・ハラスメントに該当する可能性のある言動リストを共有
・LINE・SNSは業務連絡のみに限定し、私的なコミュニケーションを避ける
・美容クリニックでは、カウンセリングとクレーム対応にマニュアルを作成
これらは実務で再現性が高く、導入したクリニックでは離職率が実際に改善しています。
【6 社労士として感じる最重要ポイント】
院長夫人が人事を担う体制は、良くも悪くも感情の影響を受けやすく、制度不備が続くと、スタッフが「改善の余地がない」と感じ、離職に直結します。一方で、適切な仕組みが整えば、院長夫人の細やかな現場観察力は大きな強みに変わります。
私が支援してきた中で最も効果的だったのは、
「制度化」+「合議制」+「外部チェック」
の三本柱です。この組み合わせは、どの診療科でも安定した労務環境につながります。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)
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