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医療機関では、院長夫人が労務管理や経理業務を担う体制が珍しくありません。小規模クリニックほど職務が属人的になりやすく、労務・経理のような基幹業務を夫人が一手に引き受けるケースは一般的です。しかし、この体制はそのまま放置すると、パワーハラスメントや不当評価といった労務トラブルの温床となることがあります。特に医科(内科・外科・小児科・整形・美容)では専門職と事務職が混在し、権限や役割の線引きが不十分なほどリスクは高まります。
以下では、社労士として医療機関の現場を数多く支援してきた経験から、院長夫人兼務体制で生じる典型的なハラスメントリスクと、組織として整備すべき指揮命令系統について解説します。
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【1 院長夫人が兼務することによって生じやすい構造的リスク】
院長夫人が労務と経理を兼務すること自体が問題ではありません。問題は「役割の曖昧さ」と「権限の過不足」です。医療現場で実際に起こりやすい典型的な構造的リスクは次のとおりです。
(1)権限の境界線が不明確
医療機関では、看護師長、主任、事務長など、現場の指揮命令者が存在します。しかし院長夫人が労務・経理を担当すると、「誰の指示を優先すべきか」が曖昧になりがちです。夫人が事務スタッフや看護師に口頭で指示を出す一方、現場リーダーが別の指示を出す、という二重指示のトラブルは非常によく相談を受ける場面です。
(2)プライベートと業務の境界が混ざる
夫婦関係の延長線上での指導や感情的な発言がスタッフに伝わり、ハラスメント認定リスクが高まることがあります。実際、私が担当したクリニックでも、夫人が「院長が怒っているから対応しておいて」など曖昧な伝言を繰り返し混乱を生み、退職者が続出した例があります。
(3)経理の視点と労務の視点が混在し、判断が偏る
経理の観点から「残業代は抑えてほしい」というメッセージを強めすぎると、結果として不適切な労務管理(サービス残業の誘発、休憩取得妨害)につながることがあります。これは労基署調査でも指摘を受けやすい典型的なリスクです。
(4)専門職(看護師・医療事務)との摩擦
小児科では親対応の責任範囲、美容医療では説明義務や同意書管理など、専門領域では判断が難しい場面が生じます。労務・経理担当者が現場判断に介入すると「専門性を理解していないのに口出しされた」という不満が蓄積しやすくなり、ハラスメント申告のきっかけになることがあります。
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【2 ハラスメント認定につながる典型的な行動パターン】
院長夫人が悪意なく行っていても、スタッフ側が「支配的だ」「人格否定された」と受け取ればハラスメント認定に近づきます。医療機関の現場で多い行動パターンは次のとおりです。
(1)「院長の意向」として強い口調で指摘する
「院長が言っているのよ」という表現は、実際には指示が存在しなくても使われることがあります。これはパワーバランス上、スタッフに強い圧力となるため注意が必要です。
(2)処遇・シフトに影響する発言
「次の賞与で評価を下げるかもしれない」「あなたがいると雰囲気が悪い」など、評価や人事に関連する発言はすぐにハラスメント申告の対象となります。
(3)役割を超えた細かい干渉
休憩の取り方、レセプト処理の段取り、看護の優先順位など、専門領域に踏み込んだ指摘を繰り返すと「業務妨害」と受け取られることがあります。
(4)情報の独占
スタッフの人事データや給与情報を感情的に扱い、特定のスタッフにだけ厳しく接するケースもリスクが高い行動です。実務支援の中でも、情報管理を夫人が一手に握っている場合は特に注意しています。
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【3 適切な指揮命令系統の整備】
ハラスメントを防ぐには、夫人の兼務を前提としながらも、次のように指揮命令系統を制度として整理することが重要です。
(1)権限と役割の「明文化」
就業規則や職務分掌表にて、院長夫人の役割を次のように定義することを推奨します。
・労務管理における決裁権限
・スタッフへの直接指示ができる範囲
・経理業務の責任範囲
・現場リーダーとの連携ルート
曖昧なままにしておくと、後の紛争時に「事実上の上司だったのでは」と判断されるリスクが高まります。
(2)現場指揮は看護師長や主任へ一元化
夫人は「制度」「管理」領域に限定し、日々の現場指示は看護師長や主任、事務長に一元化する形が最も紛争リスクを下げます。特に内科・外科・整形は動線が複雑なため、現場を熟知したリーダーが指示の中心に立つ必要があります。
(3)情報共有は文書化する
夫人から現場への指示は、口頭ではなく必ず文書またはチャットツールに残す仕組みにすることで、感情的指摘として受け取られるリスクを軽減できます。実際、私のクライアントでも「週次の運営連絡ノート」を導入したことでトラブルが激減しました。
(4)相談窓口の独立性を確保
ハラスメント相談窓口は、院長夫人を除外し、外部社労士や事務長に設定することが重要です。美容医療や小児科など女性スタッフが多い現場では特に有効です。
(5)経理と労務の権限分離
給与計算のチェック体制を二重化し、賞与や評価は院長と事務長で確認するなど、夫人に単独権限が集中しない仕組みを整えることが望ましいです。
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【4 社労士として感じる実務ポイント】
これまで多数の医療機関の労務管理を支援してきましたが、院長夫人との連携はとても良好な医療機関も多く、その点は強調したいところです。問題は「夫人の性格」ではなく「組織設計の問題」にあるケースが大半です。
中でもポイントは以下の二つです。
・指揮命令系統を曖昧にしない
・夫人が“現場の上司”にならない仕組みをつくる
この二点を整えるだけで、ハラスメント申告や評価に関する不満が劇的に減ることを実務で何度も確認しています。
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執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)
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