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小児科や小児を多く診る医科クリニックでは、診療以上に「親への説明」「保護者との感情調整」がスタッフの負荷を大きく左右する。特に、受付・看護師・医師のいずれがどの場面で説明すべきか、どの情報まで伝えて良いのかといった線引きが曖昧なまま運用されると、責任の押し付け合い、説明漏れ、クレーム増加といった労務トラブルにつながりやすい。私自身、社労士として現場に入る際、親対応に関する明確な基準が存在せず、スタッフ同士の温度差が原因で離職リスクに発展していたケースを数多く見てきた。
第一に、親対応で起こりやすい責任分担トラブルの典型は「説明の重複」と「説明の飛び地」である。受付が説明した内容を看護師が再度伝えて不信感を招く、あるいは本来医師が伝えるべき医療判断をスタッフが断片的に答えてしまいクレーム化する、といった場面が目立つ。特に小児科では、保護者の不安が強く、電話・来院ともに質問量が多くなるため、曖昧な回答がすぐに「対応不足」とみなされる傾向が強い。
第二に、責任の境界線が曖昧なまま運用されると、スタッフの心理的負荷が高まりやすい。労務相談の現場でよく聞くのが、「何を答えてよくて、どこから医師に回すべきかが分からない」という声である。この状態は、いわゆる役割葛藤に近く、判断を誤ると責任を問われ、判断を避けると叱責されるため、精神的ストレスが蓄積しやすい。結果的に離職の主因となっている例も多い。
第三に、情報共有の手順が統一されていないと、親対応の質がスタッフごとにばらつき、保護者の不満が高まる。特に、乳児・幼児の診療では細かい生活指導が求められ、説明の順序や用語が統一されていないと誤解が生まれる。院内で情報共有の文化が弱い場合、属人的な説明に偏り、結果としてクレームに直結する。
こうした課題に対し、効果が高いのは「親対応マニュアル」の体系的整備である。単なる接遇マナーではなく、役割別の説明範囲を明確にし、対応の流れ・禁止事項・医師へのエスカレーション基準などを具体的に記述することが重要である。
マニュアル整備で必ず定義すべき項目として、以下が挙げられる。
・受付が答えてよい事項(予約、持ち物、診療フロー、待ち時間目安 等)
・看護師が答えて良い事項(症状ヒアリング、一般的生活指導の範囲)
・医師へ必ずエスカレーションすべき事項(治療方針、投薬判断、症状変化の医学的評価)
・電話対応時の説明限度
・同意や判断に関する説明禁止事項
・クレーム初期対応の担当区分
・院長への報告基準
・説明内容の電子カルテ共有ルール
特に小児科では、保護者の感情が高まりやすいため、対応の一貫性と線引きの明確化が極めて重要になる。
また、マニュアルは「紙で配るだけ」では機能しない。実際、社労士として関わったクリニックでは、マニュアルが存在するにも関わらず現場が運用できていないケースが多い。原因は、①研修の不足、②ケーススタディがない、③管理者が指導していない の3点が中心である。したがって、マニュアル整備と同時に、ケース別のロールプレイ研修やOJT指導体制の整備が欠かせない。
親対応においては、たとえば「発熱時の受診目安」「薬が飲めない場合の対処」「保育園への登園基準」のような、保護者が実際に多く質問するテーマをリスト化し、回答の統一文言を用意することが現場の負担軽減につながる。これらは医師監修のもとで文言化することで、スタッフは安心して対応でき、医療安全の観点でもメリットが大きい。
さらに、親対応のトラブルは、スタッフの立場を守る仕組みを作ることで抑制できる。例えば、「医療判断に関する質問は、すべて医師が対応する」と院内掲示をしておけば、スタッフが無理に答える必要がなくなる。これは労務管理上、スタッフの過重負担を軽減し、業務範囲の逸脱による責任リスクを避けるためにも有効である。
私自身の経験では、親対応マニュアルを整備し、毎月のミーティングでケースレビューを行うようにしたクリニックでは、クレーム件数が半減し、スタッフの離職意向も大幅に低下した。役割が明確になり、院長・看護師・受付の連携が改善した結果である。特に院長夫人が関与するクリニックでは、感情的な場面で責任分担が曖昧になりがちなため、マニュアルによる客観的運用ルールが、内部統制の強化に直結する。
加えて、マニュアルは年に1回は見直すべきである。接遇クレームの傾向、コロナなどの感染症状況、診療報酬改定による説明義務の変化など、医療現場は状況が変動しやすい。人事労務の視点から見ても、最新の実態に合致しないマニュアルは「形骸化の元」となるため、定期的に改訂することが必須である。
最後に、親対応に関する責任分担トラブルは、単なる接遇問題ではなく労務問題である。役割分担の曖昧さは、スタッフの心理的負荷、判断ミス、責任追及リスク、さらには離職につながる。マニュアル整備と教育体制の構築は、医療サービスの質向上だけでなく、職場の安定に直結する重要な経営課題である。
執筆:特定社会保険労務士 鈴木教大(社会保険労務士法人レクシード)
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